マルクス・シュラー(Markus Schuller)
投資を成功に導くうえで最も重要なことは、常に他者よりも、裏付けとなる事実をどれだけうまく解釈できるかにあります。人類の進歩、ひいては金融の進歩を促してきたのは、そのような信頼できる証拠の積み重ねです。科学的方法は、長きにわたって、証拠を生み出し、その有効性を検証するための最も信頼できる仕組みでした。
しかし今、人工知能(AI)が、ひとつの新しいパラドックスをもたらそうとしています。
機械は私たちの情報処理能力を飛躍的に拡大させましたが、その一方で、知識を得、学習し、理解するプロセスすら自動化され、さらにそこに過度に依存するようになってきたことで、これまで文明の進歩を可能にしてきた認識論的基盤を蝕んでしまう恐れもあります。つまり、問題の本質は計算能力ではなく、認識論的アーキテクチャにあります。機械は、果たして、人間が知識を創出していくプロセスを強化するのか、それとも弱体化させるのかという問題です。
「Augmented Intelligence in Investment Management」(Schuller, 2024)において、私たちは、人工知能を人間の意思決定の仕組みに統合することは、それ自体が目的ではないと論じました。AIの目的は、人間の判断に取って代わるのではなく、意思決定のための根拠となる事実基盤を拡大することにあるのです。
しかし、極めて僅かながら、変化が起こりつつあります。人々は、自らの意思でデータと向き合うのではなく、AIが生成した出力をあるがままに使うようになってきています。その結果、明らかに、批判的思考や意思決定能力の低下、すなわち「認知的怠惰」(Cheng, 2025; Chatterji, 2025; 他)が見られます。その状態を放置すれば、自動化への依存は投資判断の質を損なうリスクを高めてしまうでしょう。問題は、機械がより強力になるかどうかではなく、人間の意思決定がしっかりとした証拠に根付いたものとして維持されるかどうかなのです。
認知的委譲と人間の探究心の弱体化
推論する作業をAIに委譲することが、人間の学習意欲を弱めるとする証拠があります。AIの支援を受けた個人は一時的に他者より優れた成果を上げるかもしれませんが、そのツールが取り除かれてしまうと、認知的能力の向上は見られなくなり、同時に同じような考え方が居残り続けます(ScienceDirect, 2025)。つまり、機械は認知的な「松葉杖」のように機能しますので、推論しようという努力を挫き、イノベーションに必要な精神的足腰を弱体化させるのです。
さらに研究によれば、ユーザーはモデルの振る舞いに自身の思考を適応させ(Lin, 2025)、直感的かつ慎重な推論を飛び越して、ますます、AIの出した答えをきちんと調べもせずそのまま受け入れる傾向を強めているようです(Wharton/UPenn, 2026)。そうこうしているうちに、知的努力は静かに機械へと外注されていくのです。このようなアウトソーシングは、それ自体が問題ではありません。これまでも、私たちは道具の力を借りて作業を行ってきており、継続的な学習という好循環を維持しながら、より付加価値の高い課題への取組みへと焦点を移してきたからです。AI依存という今の状況との大きな違いは、学習に対する動機付けに変化が見られること、そして好循環が認知能力の衰退という悪循環へと逆転した点にあります。
知識崩壊のリスク
生成AIが広範囲にわたって導入されていくと、「知識が崩壊された状態で保たれる均衡」をもたらしてしまうかも知れません。すなわち、個人が自分の頭で考えることをやめて、自動的に与えられるままにその提言に依存するようになるのです(Acemoglu, Kong, and Ozdaglar (2026), (NBER, 2026))。社会はますます洗練された成果を受け取る一方で、新たな知識を生み出す能力は低下していきます。進歩は探し求めるものではなく、単に取り出してくるというものになっていきます。今、まさに労働市場で起こっている現実がこの懸念を裏付けています。AIを導入する企業は若手従業員の採用を減らしており、そのことが、暗黙知を通して知識が受け継がれていく徒弟制度を徐々に弱体化させています(SSRN, 2026)。
投資運用において生成AIの導入が普及していくと、批判的思考が衰え、人間の専門知識が徐々に損なわれ、イノベーションが阻害され、そして意思決定権限のAIモデルへの集中を招くリスクにつながり、それが、場合によっては、システム的な脆弱性、適応力の低下、および倫理的な懸念をもたらす可能性もあります。
ジキルとハイドのジレンマ
人間と機械の相互作用は、さらに捉えどころのないリスクももたらします。現行世代のGPTモデルは、不正確または有害な場合であっても、ユーザーの見解を肯定する、おだてるような振る舞いを示すことがあります(Stanford, 2025)。感じの良いシステムの方が、より評価が高くなるため、営業的には、ユーザーの気持ちを逆立てるよりも、喜ばせるようなモデルを優遇しようとします。人間によく見られる行動バイアスについて、もうひとつ例を挙げれば、そのような傾向が機械の振る舞いによってさらに増幅されるという面もあるでしょう。
また、AIが出す答えは、様々なモデルの間で一つに向かって収束していきます。これは「人工的な集合精神」効果と呼ばれ、認識や意識における多様性を損なう状態のことを指します(スタンフォード大学、カーネギーメロン大学、2025年)。同時に、モデルは些細に見えるようなテキストデータから機微な個人情報を推論することが可能ですので(チューリッヒ工科大学、2023年)、プライバシーや情報の非対称性について重大な懸念を引き起こします。
人間の注意力を解放する自動化
AIに関して、今世間で耳目を集めているお話の一つは、機械によって望ましくない仕事が取り除かれていくというものです。イーロン・マスクが描いた未来では、誰もが反復的で危険な作業から解放され、創造的かつ知的な活動に専念できているそうです。したがって、自動化というのを、単に生産性を向上させるだけでなく、「種」のレベルで人間の注意力を解放するものとして捉えられます。ただ、このような見方は、機械が、実体経済の複雑で敵対的な環境においても確実に機能できることが前提です。最新の証拠は、このような前提が、まだまだ解決にはほど遠いことを示唆しています。AIが、金融市場のような複雑で敵だらけの環境のなかでうまく機能すると結論づける信頼できる研究はありません。
人間の判断が果たし続ける役割
機械は人間の能力を拡張してくれるかもしれませんが、だからといって、証拠に基づく推論、制度設計、倫理的熟考が必要だという事実を取り除いてくれるわけではありません。AIが意思決定システムに組み込まれるとき、最後に問われるのは、機械の能力ではありません。人間によるガバナンスにとって拠り所となってくれるのは、技術的保証ではなく、あくまでもその根拠となる事実を追い求める心なのでしょう。
根拠となる事実に対する人間の責任
AIは分析の範囲を広げ、データが探索される規模を拡大することができます。しかし、人間が知識を生み出し評価する根本的なプロセスまで置き換えることはできません。根拠となる事実を追い求めることは、生まれつき人間に課せられた責任であり続けるでしょう。AIは、証拠の収集や整理を支援することができます。そうでなければ隠れたままだったかもしれないパターンを発見する助けにもなります。しかし、仮定が正しいかどうか問いかけ、意味を解釈し、どの観察結果が重要かを決めるという行為は、基本的にはいつまでも人間のものです。
この区別は極めて重要です。機械が人間の探究プロセスを補完するのではなく、置き換え始めたとき、社会は進歩を支える認識論的基盤を弱体化させてしまうリスクに曝されることになります。認知的委譲は短期的には効率を向上させるかもしれませんが、新たな知識を生み出す自律的な推論能力を徐々に損なっていきます。
したがって、文明の進歩は決して技術的能力だけが生み出してきたわけではありません。進歩は、革新と省察、探求と検証の間の微妙な均衡から浮かび上がってきたものです。この均衡が保たれているとき、技術的ツールは発見を加速させることができますが、均衡が失われると、進歩は、人間がもはや完全に理解することができないシステムに依存してしまうリスクを呼び起こします。
それ故に、現在の課題は、技術開発に抵抗することではなく、それをより幅広い人間主義的枠組みの中に位置づけることにあります。AIは、証拠を追い求める行為に取って代わるのではなく、それを支えなければなりません。機械は探究のフロンティアを広げることができますが、その方向性を決定することはできません。人類の歴史の長い軌跡において、進歩は、時代ごとに広く受入れられていた前提に疑問を投げかけ、新しいアイデアを試し、根拠に基づいて自らの信念を修正しようとする個人や社会によって推進されてきたものです。その責任はAIなどに委譲することはできません。
現在、そしておそらく本質的に、機械は、知識の最前線において裏付けとなる事実に基づいた認識論的洞察を生み出さなければならないという課題には、いまだ十分に応えられていません。これは、人間も同様で、この領域で重圧がかかっています。機械は人間の認知的負担を軽減するどころか、主に、人間の認知的不協和を、個人レベルでも、かつ大規模レベルでも増幅させてしまっています。このことによって商品やサービスを提供するうえで生産性を高めるかもしれませんが、必ずしも私たちの世界に対する理解を深めるものではありません。
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執筆者
マルクス・シュラー(Markus Schuller)
(翻訳者:大濱 匠一、PhD、CFA)
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Essay: The Perils of Declining Judgment in the Age of AI
注) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。
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